45歳。元ワインソムリエです。
フランス料理店で10年、ワインを学びました。
料理に合わせて一本を選ぶ。
香りを読み、温度を整え、
グラスを通して「体験」を届ける仕事でした。
けれど店には、
「いずれは実家を継ぐんだろ」という空気がありました。
期待とも、圧ともつかない視線。
レストラン内の人間関係。
少しずつ体調を崩しました。
眠れない夜が増え、
店に向かう足が重くなった。
あの頃の自分は、正直に言えば――逃げました。
実家も継がず、
レストランも離れた。
親からは勘当されました。
電話も、しばらく鳴りませんでした。
情けなかった。
でも、あの時は立ち止まることしかできなかった。
人目につかない場所で働きたくて、
深夜の物流倉庫に入りました。
暗い倉庫で、黙々と荷物を仕分ける仕事。
そこで出会った先輩は、
肩の力が抜けていて、
いい意味で他人の目を気にしていない人でした。
その姿が、少し羨ましかった。
ああ、こんなふうに
肩の荷を下ろして生きられたらいいな、と。
一人の時間が多く、
人の視線をあまり気にしなくていい仕事。
ちょうどその頃、競馬に夢中になっていました。
そして偶然、
競馬場の近くに事務所を構える運送会社が募集していました。
導かれるように、
トラックのハンドルを握ることになりました。
8年間、走りました。
安定はしていました。
生活も守れた。
それでも、どこかで思っていました。
「このままでいいのか」と。
そんな時、人身事故を起こしました。
幸い大きな怪我はありませんでした。
けれど今でも、
ふと接触したあの瞬間がよぎります。
ハンドルを握る手が、
少しだけ重くなる。
その話を友人にしたとき、言われました。
「ウチの精肉店に来ない?」
トラックの仕事も、誇りある仕事です。
でもどこかで、
“流れの中の一部”でいる感覚があった。
精肉は違います。
命をいただき、
価値に変え、
食卓へつなぐ仕事。
給料は減ります。
それでも、
もう一度ちゃんと食と向き合いたいと思いました。
45歳。未経験。
体力も落ちている。
覚えも早くない。
正直、不安のほうが大きい。
それでも――
トラックを降りて、
包丁を握ることにしました。
命を奪う側の仕事から、
命をいただく仕事へ。
これは逃げではなく、
僕なりの、もう一度の挑戦です。


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