- 45歳、未経験でも人生をやり直す一歩は踏み出せる
- ソムリエ10年、トラック8年——遠回りした経験も、いつか自分の力になる
- 人生で失ったと思った時間も、遠回りは、あとから一本の線になる
- 今は肉を切る技術と食の経験を持ち、全国の競馬場を巡るキッチンカーを目指している
45歳・未経験で精肉店へ転職した話
45歳。
ボクは、トラックのハンドルを置いて、包丁を握りました。
20代でソムリエとしてワインと料理の世界に身を置き、30代はトラックで荷物を運んだ。一見すると、遠回りばかりの人生でした。
でも今、精肉店で働きながら思います。人生に無駄な経験なんて、本当はないのかもしれない。
もし今、「このままでいいのか」と悩んでいる40代の方がいたら、伝えたいことがあります。
45歳で未経験から精肉店へ転職した理由、そこへ至るまでの道のり、そして新しい一歩を踏み出した実体験——ボクの話を書いていきます。
- 転職のきっかけ——人身事故のあと、友人から「うちの精肉店で働いてみないか」と声をかけてもらったこと
- 給料について——トラック運転手時代より下がることは覚悟していました
- なぜ精肉店だったのか——ソムリエ時代から続いていた「一皿全体を考える」感覚が、精肉という仕事でもう一度つながると思えたから
ボクはトラックを降り、もう一度自分の手で仕事がしたいと思い、包丁を握ることを選びました。これは成功談ではありません。45歳から始まった、一人の未経験者の挑戦です。
トラックを降りて、包丁を握る。——我ながら、ずいぶん遠回りをしたと思います。
まず結論|転職を決めた理由
転職を決めた理由は、「最初から精肉店で働きたかったから」ではありません。正直に言えば、その頃のボクには「これがやりたい」という明確な仕事はありませんでした。
そんな時、人身事故を経験し、友人から精肉店の話をもらいました。最初は偶然の誘いでした。
でも、仕事内容を調べるうちに思ったんです。
「もしかしたら、自分はもう一度、食と向き合いたかったのかもしれない」
ソムリエ、物流、トラック。遠回りしたと思っていた経験が、ここで初めてつながり始めました。人身事故は、人生を立ち止まって考えるきっかけでした。精肉店を選んだ本当の理由は、もう一度、自分の手で命をいただく仕事に向き合いたいと思えたからです。
40代での転職は、きれいごとではありません。給料も下がる。未経験だから覚えることも多い。体力的な不安もある。それでも、自分に嘘をつかずに生きたい——そう思い、45歳で精肉店への挑戦を決めました。
- 45歳・未経験で精肉店へ転職
- 元ワインソムリエ(フランス料理店10年)
- 元トラック運転手(8年)
- 人身事故をきっかけにトラックを降りる
ソムリエ10年。食と向き合った原点
ボクはフランス料理店で10年間、ソムリエとして働きました。ワインを提供するだけではありません。料理に合わせて一本を選ぶ。香りを読み、温度を整える。お客様に、その料理がいちばんおいしく感じられる時間を届ける——そんな仕事でした。
食材。料理。ワイン。それぞれを別々に見るのではなく、一つの体験として考える仕事。ボクは、この仕事が好きでした。
けれど店には、「いずれは実家を継ぐんだろう」という空気がありました。周囲からの期待。人間関係。少しずつ積み重なるプレッシャー。気づけば眠れない日が増え、店へ向かう足が重くなっていました。
そして、ボクはレストランを辞めました。実家も継がず、期待されていた道から外れました。あの頃のボクは、自分の人生から逃げたと思っていました。
周りの期待から、好きだった仕事から、自分自身から——何から逃げたのか、当時ははっきり言えませんでした。ただ、辞めたあと長い間、「あの10年を、中途半端に終わらせてしまった」と後悔していました。
情けなかった。でも今振り返ると、この10年間があったからこそ、45歳で精肉店を選ぶことができたのだと思います。
物流とトラック8年
レストランを辞めたあと、人目につかない仕事がしたくて深夜の物流倉庫へ入りました。暗い倉庫で、黙々と荷物を仕分ける毎日。そこで物流という世界を知り、その流れの延長でトラック運転手になりました。
気づけば8年。生活は安定しました。仕事にも誇りを持っていました。トラック運転手も、社会を支える大切な仕事です。
ただ、心のどこかではずっと考えていました。「このままでいいのだろうか」と。毎日荷物を運びながら、心だけはどこか止まっていました。
この頃のボクは、「食」という言葉すら忘れていたのかもしれません。
人身事故が、立ち止まるきっかけになった
そんな時、人身事故を起こしました。幸い、大きな怪我にはなりませんでした。
でも、もし取り返しのつかない事故だったら——そう考えた瞬間、以前と同じ気持ちではハンドルを握れなくなりました。今でも、あの日のことを思い出すことがあります。
その話を友人にした時、言われました。
その一言は、仕事の誘いではありませんでした。
止まっていた人生を、もう一度動かすきっかけでした。
45歳・未経験で精肉店を選んだ理由
最初から「精肉店で働きたい」と思っていたわけではありません。でも、仕事を調べるうちに少しずつ興味が湧いてきました。命をいただき、価値を加え、食卓へつなぐ仕事。
トラックでは、荷物を届ける側として支えていました。精肉では、自分の手で価値を生み出し、食卓へ届けることができる。そこに強く惹かれました。
そして、もう一つ理由があります。ソムリエ時代、ボクは料理や食材、ワインを一つのものとして考えていました。精肉という仕事を知った時、不思議なくらい自然に感じました。
その瞬間でした。ソムリエ。物流。トラック。バラバラだった人生が、「食」という一本の線でつながりました。
45歳。未経験。給料も下がります。体力も若い頃ほどありません。覚えることもたくさんあります。それでも、自分で選んだ道を歩きたい——そう思い、ボクはトラックを降り、包丁を握ることを決めました。
8年間握ったハンドルを置いて、45歳で初めて包丁を握りました。
扱うものは変わりました。でも、本当に向き合っているものは変わっていませんでした。どちらも「誰かの生活を支える仕事」だったからです。
トラックを降りて、包丁を握る。この一文が、今のボクの人生をいちばんよく表していると思っています。
初日以降のリアルはこちらに書いています。
まとめ|遠回りだった人生は、一本の線につながっていた
20代の頃はソムリエとしてワインと料理の世界に身を置き、30代は物流とトラックの仕事に追われました。当時は、それぞれが別々の人生だと思っていました。
でも45歳で精肉店へ転職して、ようやく気づきました。料理を学んだこと。荷物を運んだこと。毎日ハンドルを握ったこと。すべてが、今の自分につながっています。
人は遠回りをすると、「あの時間は無駄だった」と思ってしまいます。ボクもそうでした。でも今は違います。遠回りは、あとから一本の線になる——ボクは45歳になって、そう思うようになりました。
トラックを降りて、包丁を握る。それが、ボクが選んだ新しい人生です。
いつか、肉を切る技術と、ソムリエ時代から積み重ねてきた食の経験を持って、全国の競馬場を巡るキッチンカーを開く。その夢に向かって、今日も包丁を握っています。給料は下がった。未経験で毎日はしんどい。それでも、ボクはまだ修行の途中です。
20年前の自分に言ってあげたいです。遠回りしても大丈夫。その経験は、いつか誰かの役に立つ日が来るから、と。
ボク自身が、45歳になって知ったことです。
遠回りした人生が、一本の線でつながった。
キッチンカーで競馬場を巡る夢に向かって。
※この記事は筆者自身の実体験をもとに書いています。転職・キャリアに関する判断は個人の状況により異なります。ご自身の条件を踏まえてご検討ください。


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