15年後、あんな60代にはなりたくない。
未経験で精肉店に転職して半年。仕事そのものより、最近やたら考えてしまうことがある。職場にいる、ひとりの60代男性のことだ。
別に、ものすごく意地悪なわけじゃない。怒鳴り散らすわけでもない。口が悪い、という分かりやすい“嫌な人”でもない。
でも、一緒に働いているとじわじわ思う。この人みたいな年の取り方だけはしたくない。
- 精肉店の60代バイトとの距離感——ボクが感じたこと
- 配送ミスから店内作業へ移った経緯
- 45歳のボクが、15年後を想像して考え始めたこと
最初は、ただの親切なオジさんだった
その60代のオジさんは、ボクが入社したとき最初に仕事を教えてくれた人だった。教わったのは配達。
ボクはもともとトラックドライバーなので、正直そこまで“教わる”感じでもなかった。納品先やルートを一生懸命説明してくれたけど、道なんて走れば覚えるし、今の時代スマホもある。
当時は、「ああ、親切にしてくれてるんだな」くらいに受け取っていた。
後から知ったのだが、オジさんは定年後、バイトとしてうちの精肉店で働いているらしい。去年の5月から入っていて、いわば“古株のバイト”だ。
うちの店はかなりアットホーム。求人サイトで大々的に募集するというより、従業員の紹介や関係者のつながりで人が入ってくる。悪く言えば閉じた環境、良く言えば地元密着で人情がある職場。その空気の中で、この60代のオジさんは、ある意味かなり目立っていた。
夏休みと、15時〜17時の勤務
うちは学校への納品も多い。夏休みになると学校関係の納品がごっそり減り、仕事量も変わる。会社側は、オジさんに「配送の仕事が減るので勤務時間を調整したい」と伝えたらしい。
するとオジさんは、「それだと生活が厳しい」と言ったそうだ。まあ、そこまでは分かる。
そして後日、「この夏休み期間から、午前中はパン屋でバイトを見つけたので、15時〜17時だけでも働かせてほしい」と申し出たらしい。会社はそれを了承した。
ここだけ聞くと、会社がずいぶん冷たいようにも聞こえるかもしれない。でも、話にはちゃんと前提がある。
毎週の配送ミスと、役割の入れ替わり
従業員の紹介で配達メインとして去年の5月から働いているらしいのだが、ボクが入る前、オジさんは配送でかなりミスをしていたらしい。しかも、たまにじゃない。毎週のように。
持っていくべき商品を持っていかない。A校に納品するものをB校に渡してしまう。いわゆる“テレコ”もある。当然、納品先からクレームの電話が入る。地域密着の店だ。信頼関係こそが仕事だ。
精肉店の配送って、ただ荷物を運べばいい仕事じゃない。納品先が学校ならなおさら、量が量なだけに間違いは笑えない。
そんな状況だったから、ボクが入社して配送を引き受けることになり、オジさんは店内で肉を切る作業に回ることになった。配送でミスが多いなら、別の仕事をしてもらう——会社としては普通の判断だと思う。
ところが、ここでオジさんが根を上げた。
気持ちは分かる。年齢的にきついのも理解できる。でも、精肉店なんだから、肉を切るのは本業だろ、とボクは思った。配送ミスを繰り返した人が「店の仕事はしんどいから嫌です、でも配達はやらせてください」と言って、それがそのまま通るなら、真面目に埋めている側はたまらない。
「から」が「だけ」にすり替わった
夏休み。業務量が減るので、予定通り短時間勤務になった。会社としてはかなり配慮していると思う。午前中は別のバイトをしながらでも、夕方だけ来て働けるようにしているのだから。
ところが、夏休みが終わる頃になって事件が起きた。ボクが出勤すると、15時出勤のはずのオジさんが来ていた。会長と揉めていた。
理由はこうだ。「夏休みが明けるから、また朝から働かせてください」
いやいや、ちょっと待てと。もともとは「夏休み期間から、午前中はパン屋で働くので、15時〜17時だけでも働かせてください」だったはずだ。それが、いつの間にか「夏休み期間だけ午前中はパン屋で働いていました」みたいな話にすり替わっている。
“から”が“だけ”に変わると、意味はまるで違う。会長もさすがに呆れていた。結局、「今後もこの勤務時間なら雇う」という形で話は落ち着いたようだけど、現場としては正直しんどい。
15時に来て、16時半に帰る人
ボクら現場の人間は、16時くらいから片付けに入る。道具を洗って、掃除して、ゴミをまとめて、翌日の準備もある。精肉店や飲食関係の仕事って、片付けに終わりがない。
なのにそのオジさん、15時に来て、肉を切って、早いと16時半には帰ってしまう。
最初は耳を疑った。でも一度じゃない。わりと普通に帰る。契約時間より早く、片付けを残して帰る——会長が情もあって仕事を残してくれているのに、“自分の都合のいいところだけ取る”感じが、どうしても引っかかる。
もちろん、会社の判断に口を出す気はない。雇うかどうかを決めるのはボクじゃない。でも、人として思うのだ。自分が15年後、こんな60代になっていたらかなりキツい。
技術がなくても、できることはある
ボクは別に、60代なんだから若手みたいに働けと言いたいわけじゃない。体力は落ちる。できること、できないこともある。それは当たり前だ。
でも、だからこそ大事なのは、“自分にできる形で職場に返す姿勢”なんじゃないかと思う。
肉を切る技術がまだ弱いなら、洗い物をやる。重いものがきついなら、整理整頓をやる。スピードで負けるなら、丁寧さで支える。掃除、片付け、ゴミ捨て、道具の補充——誰かにとって助かる小さな仕事はいくらでもある。
そういうのを拾わず、自分のやることだけやって、さっと帰る。しかも立場だけは年上。これが地味にしんどい。
若い頃なら、技術がないのは仕方ないで済む。でも年齢を重ねていくほど、見られるのは技術だけじゃない。どう働くか。どう居るか。どう周りに負担を残さないか。そこなんだと思う。
40代のボクが今から考えていること
このオジさんを見ていて、腹が立つのと同時に、怖くもなった。15年なんて、たぶんあっという間だ。気づけば自分も60歳になる。
そのとき、都合のいい主張だけして、しんどいことは避けて、周りのフォローを当たり前だと思う人間になっていたら最悪だ。
だからボクは、15年かけてでも、ちゃんと手に職をつけたいと思った。誰もが職人レベルの技術を持てという話じゃない。でも、自分の居場所を自分で作れるくらいの力は持っていたい。
そしてもし技術が足りない日があっても、「この人がいると助かる」と思われる動き方ができる人間でいたい。派手な能力じゃないかもしれない。自分から片付ける。汚れていたら拭く。人が嫌がる細かいことを拾う。言われる前に動く。
ものすごく地味だ。でも、年を重ねるほど、そういう差は露骨に出る。
自分の都合を通したがる。しんどいことは避ける。周囲のフォローは当然になる——ボクは、そんな60代にはなりたくない。
まとめ
この話は、特定の人を責めるための記事じゃない。45歳のボクが、15年後の自分に向けて書いたメモに近い。
年齢を武器にできる人間になるのか。それとも、年齢を言い訳にする人間になるのか——40代のうちに、まだ選べる。
ボクは60歳になったとき、「あのオジさんみたいにはなりたくない」と思える人間でいたい。15年後の自分への約束として、今日も仕事が終わっても、すぐには帰らない。地味でもいい。格好よくなくてもいい。人に後始末を押しつける年の取り方だけは、しない。
※この記事は筆者自身の体験をもとに書いています。登場人物・職場の特定を避けるため一部表現を変更しています。内容は個人の記録であり、すべての方に当てはまるものではありません。


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