転職は、次を決めてから辞めるのが正解——そう思っていた。
なのにボクは、人身事故を起こした翌日、退職届を出した。
- 45歳・年収460万円。次が決まっていないのに退職したボクの話
- 日付空欄の退職届を「お守り」にしていた年月
- 動いた日が、準備完了の日だった——ボクがそう感じた理由
45歳、トラックドライバー、年収460万円。不満はあった。でも、困ってはいなかった。
それが“世間の常識”だと思っていたから、次が決まるまで動けなかった——転職を決意するまでの話は、別の記事に書いている。
日付空欄の退職届
日付を空欄にした退職届を、ずっと入れていた。
「45歳までには辞めたい」——そう思いながら、何年も何年も、その紙を“お守り”にしていた。
それがあるだけで、少し安心できた。でも今ならわかる。
あれは準備じゃない。ただの安心材料だった。
ぬるま湯という選択
仕事には慣れていた。責任ある立場から少し外れ、自分の業務だけ淡々とこなせばいい。波風は立たない。生活も安定している。
正直、楽だった。
辞めたい。でも、やりたいことがない。
この矛盾の中で、ボクは「準備」という名の足踏みを続けていた。退職届を書いて、動いた気になっていた。でも、何も変わっていなかった。
人身事故の翌日
そんな悶々とした中、人身事故を起こしてしまった。事故が起きた瞬間、頭が真っ白になった。
以前から決めていた。もし人身事故を起こしたら、ハンドルは握らないと。安全を守る側の人間として、その覚悟だけは持っていた。
「もし取り返しがつかないことになっていたら」——その想像が、胸を締めつけた。
その夜は、ほとんど眠れなかった。翌朝、会社へ向かう前から、もうハンドルを握る気持ちはなかった。
会社が嫌だったわけではない。引き止めてもらったことも、ありがたかった。それでも、もうハンドルを握る自分を想像できなかった。
次が決まっていない不安よりも、何も変えずに居続ける恐怖の方が大きかった。
退職届を“出した”日
退職届を書いた日ではなく、退職届を“出した”日。その瞬間、視界が変わった。
動いた日が、準備完了の日だった。「準備が整ったら動こう」は、動かない自分を守る言い訳だった——今なら、そう思う。
動いた先に、輪郭が見えた
次が決まっていないまま、転職活動を始めた。不思議なことに、動き始めた途端、見える景色が変わった。
今まで「やりたいことがない」と思っていたのに、少しずつ、輪郭を持ち始めたものがあった。
やりたいことが決まってから動くのではない。動いたから、やりたいことが見つかった。
転職活動を始めてから、ボクはようやく“夢”と呼べるものに出会った。あの日、震える手で退職届を出した自分に言いたい。「それでよかった」と。最終的に精肉店へ向かった話は、こちら。
まとめ
やりたいことがなくても、次が決まっていなくても——ボクの場合は、そうだった。準備が整う日なんて、きっと来ない。
これは、やりたいことゼロの45歳が、退職届を出したあと——転職活動を経て、精肉店へ向かっていくまでの記録の、はじまりの一章だ。
※この記事は筆者自身の実体験をもとに書いています。内容は個人の記録であり、すべての方に当てはまるものではありません。


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