肉はどうやって日本の食卓に入った?

45歳のお肉検定|明治から戦後までの肉食の日本史を勉強 お肉博士検定メモ
この記事でわかること
  • 肉が日本の食卓の「普通」になるまで、増えて、止まって、また戻っていること
  • 明治2年は海軍、明治5年は明治天皇。三大洋食はトンカツ・カレー・コロッケ
  • 消費が戦前を超えたのは昭和31年(1956)。自由に買えるようになった年とは別だったこと
目次
  1. 明治5年、牛肉を食べることは文明開化だった
  2. 日本三大洋食はトンカツ、カレー、コロッケ
  3. テキストは、すき焼きと牛丼へ続くと書いていた
  4. 戦争で一度遠のき、昭和31年に戦前を超えた
  5. 1970年代以降、肉は「量」から「質」へ
  6. 自分用の確認テスト
  7. 今日も一枚、知識の皮を剥きました

スーパーで牛肉を買うのは、今では特別なことではありません。

テキストを読むと、150年くらい前は違いました。
牛肉を食べること自体が、文明開化だった、と書いてあります。

そこから食卓の「普通」まで、肉は姿を変えながら入ってきています。
豚肉の洋食が広がり、日本の食事に合わせて形を変え、戦争で一度遠のいて、戦後に量として戻る。
増えて、止まって、また戻っている。今日読んだページは、そういう流れでした。

昔の日本人は肉を食べなかった?では、明治以前にも肉はあった、というところまで読みました。
江戸にも、肉はありました。
今日はその続きです。その肉が、どうやって今の食卓まで来たのか。

使っているのは、前回と同じ『お肉検定 1級テキスト 2026』です。
誰かに教えるノートではありません。45歳、精肉店で働きながら、検定のページをめくった記録です。

お肉検定1級テキストと、牛枝肉・部分肉の分割と商品化の2冊
▲ 今日もこの2冊。歴史の続きは、左のお肉検定テキストです。

明治5年、牛肉を食べることは文明開化だった

覚えるなら、まずこの2つでした。

明治2年(1869)、海軍が牛肉を栄養食として採用する。
明治5年(1872)、明治天皇が初めて牛肉を食べる。
新聞も、肉食を奨励し、賛美していた、とテキストにあります。

明治2年は海軍。明治5年は明治天皇。
セットで残しておきます。ここを混ぜると、あとで必ず迷います。

仮名垣魯文の『安愚楽鍋』も出てきました。
牛肉を食べることが、文明開化の流れとして描かれている、と読みました。

そのあと、牛鍋の軒数がすごいです。

明治6年、浅草・神田の界隈で牛鍋屋は74軒。
その4年後には、東京で558軒。

数字を見て、素直に思いました。
日本人、肉好きじゃん。

ブームの話で終わらず、家庭のほうへも入っていきます。
明治30年代にはウスターソースが市販され、料理本も出て、肉料理が家庭料理の仲間入りをした、とありました。

今、店の冷蔵庫には牛肉が普通に入っています。
テキストのこのページを読むと、その「普通」が、まだ新しいものに見えてきます。

日本三大洋食はトンカツ、カレー、コロッケ

明治の後半で、ボクが線を引いたのはここです。

安価な豚肉を使った、トンカツ、カレーライス、コロッケ。
テキストは、これを「日本の三大洋食」と呼んでいました。

中華そばのチャーシューにも、豚肉が使われるようになった、とあります。
牛肉の文明開化のあと、庶民の側には豚肉が広がっていった、という読み方をしました。

今の食卓で考えると、どれも夕飯の顔をしています。
洋食として入ってきたものが、いつの間にか家庭のメニューになっている。ページを閉じて、そこに気づきました。

「日本三大洋食」の名付け親として、テキストは山本嘉次郎の名前を出していました。
戦後のクイズ番組「話の泉」の解答者だった人です。
ここは深追いしません。試験の前に残すなら、三大洋食の中身のほうです。

テキストは、すき焼きと牛丼へ続くと書いていた

ここが、今日いちばん面白かったところです。

洋食が日本に入ってきて、終わり、ではありませんでした。
日本人は、肉料理を自分たちの食事に合わせていきます。

テキストには、関東大震災をきっかけに、関西では卵をつけて食べるすき焼き、大衆食堂では安い牛丼へと展開していった、とあります。
牛鍋が、そのまま二つに分かれた、とまでは言い切れません。
ページに書いてあったのは、その展開です。

日本人が、肉料理を自分たちの食卓の形に変えていった。
今日のページで、いちばん残しておきたい一文です。

同じころ、肉を加工した食べ物も入ってきます。
大正から昭和の初めにかけて、ハムやソーセージなどの加工技術が欧米から伝わり、食肉加工の業界が成長した、とありました。

テキストのミニ整理コーナーには、ドイツ式の製法が広まり、家庭にも入っていった話が載っています。
今回はそこまで覚えなくていい、と判断しました。
加工した肉も、食卓に入ってきた。そこだけ残します。

戦争で一度遠のき、昭和31年に戦前を超えた

昭和に入ると、その流れは一度止まります。

昭和16年(1941)、太平洋戦争が激しくなると、肉牛の出回りが悪くなります。
大都市では配給も難しくなり、肉食の普及は大きく後退した、とテキストにありました。

敗戦の直後は、食料難で、肉そのものがさらに手に入りにくくなった、とも書いてあります。

増えて、止まって、また戻る。
肉のページにも、そういう時期がありました。

戻り始める年も、テキストでは2つに分かれています。

小売店で肉を自由に買えるようになったのは、昭和24年(1949)。
消費量が戦前の水準を超えたのは、そのあと、昭和31年(1956)。

ボクは最初、この2つを同じ年にまとめそうになりました。
自由に買えることと、戦前より食べるようになることは、別です。
試験の前に、分けておきます。

昭和30年以降は、アメリカの食文化が入ってきたことも、消費を押し上げた、と読みました。
生産のほうも変わっていきます。牛肉は小規模な経営から大規模な経営へ。豚肉も、大規模な養豚へ。

鶏肉では、昭和33年(1958)、肉専用のブロイラー生産が始まった、とありました。
特別な日の食べ物が、たくさん供給される食材になっていく。そんなページでした。

1970年代以降、肉は「量」から「質」へ

テキストの見出しが、そのままこうでした。
肉食の大衆化と、高級化・産地化。

量が増えたあとで、外国の肉も入ってきます。70年代の初めには、輸入が始まった、とありました。
その一方で、「もっとおいしい肉」を求める流れも出てきます。

用途別。部位別。ブランド。
霜降りのある牛肉。ブランドの豚肉。銘柄の鶏。
テキストには、名古屋コーチンや比内鶏、薩摩の黒豚のような名前も出てきました。

たくさん食べられるようになったあとで、質と産地を見るようになる。
量の話と、質の話が、同じページに並んでいました。
店の仕事は、その質のほうにあります。

いまボクがケースの前で見ているのは、部位であり、産地であり、銘柄です。
「肉が買える」だけでは、もう棚は埋まっていません。
テキストの最後のほうを読んで、今の仕事の場所が、少し分かりました。

お肉検定メモ
テキストを読んで、試験前に覚えておきたい4つです。
今回、残す4つ

明治2年(1869)=海軍
明治5年(1872)=明治天皇
三大洋食=トンカツ、カレーライス、コロッケ
昭和31年(1956)=消費量が戦前を超える
昭和24年(1949)は、自由に買えるようになった年。ここは混ぜない。

※『お肉検定 1級テキスト 2026』(全国食肉検定委員会)を読んだ、個人の学習メモです。

自分用の確認テスト

勉強した気になっていると、こういうところでバレます。
答えは、開いて確認してみてください。

Q1. 明治5年に初めて牛肉を食べたのは?

A:徳川慶喜
B:明治天皇
C:西郷隆盛
D:福沢諭吉

正解を見る

正解 B:明治天皇

明治5年(1872)に初めて牛肉を食べたのは明治天皇、とテキストにありました。明治2年(1869)に牛肉を栄養食として採用したのは海軍です。ここはセットで覚えます。

Q2. 日本三大洋食は?

A:牛丼・寿司・天ぷら
B:トンカツ・カレー・コロッケ
C:すき焼き・焼肉・しゃぶしゃぶ
D:ハンバーグ・ステーキ・ピザ

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正解 B:トンカツ・カレー・コロッケ

テキストでは、安価な豚肉を材料にしたトンカツ、カレーライス、コロッケ、とありました。名付け親として山本嘉次郎の名前も出ています。まず覚えるのは、この3つです。

Q3. 肉の消費量が戦前の水準を超えたのは?

ボクが最初に、昭和24年と混ぜそうになったところです。

A:昭和20年
B:昭和24年
C:昭和31年
D:昭和45年

正解を見る

正解 C:昭和31年

ボクも最初、昭和24年と昭和31年を同じ年にまとめそうになりました。昭和24年は、小売店で自由に買えるようになった年。消費量が戦前の水準を超えたのは昭和31年(1956)です。自由に買えることと、戦前より食べるようになることは、別です。

今日も一枚、知識の皮を剥きました

一回読んだだけでは、次の日には「あれ、何年だっけ」となります。
20代なら、一度で覚えられたのかもしれない。
45歳の今は、忘れる前提で、ページに戻っています。

忘れて、またページを開く。
今はそれで続けています。

店に戻ると、ケースの中の肉は、もう特別な日だけの食べ物ではありません。
部位があって、産地があって、銘柄がある。
その棚は、今日読んだ最後のページの続きに見えました。

今日も一枚、知識の皮を剥きました。

ちょくえいのプロフィール画像

ちょくえい / 45歳・精肉修行中
ワインソムリエ10年→トラックドライバー8年。人身事故を機に、未経験から精肉店で修行中です。
お肉博士検定の勉強を、テキストで行き来しながらノートに残しています。
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ワインソムリエ→トラック→精肉。
失敗も悔しさも、そのまま記録しています。

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※本記事は個人の学習メモ・体験をもとにした記録です。食肉史の知識は修行中のため、専門的な情報は信頼できる文献・情報源もあわせてご確認ください。

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